第7回目のブランディング解説事例は、自園自製自販の日本茶『末吉製茶工房』です。
創業以来、同社が大切にされてきた商品の品質や強みを守りながら、新しい市場にチャレンジして成功したエピソードです。
今回はこの事例を、誕生秘話とともにブランディング観点で解説してみたいと思います。
<プロフィール>
RyS ("リス"と読みます)
〇ブランドマネージャー1級資格取得
〇一般財団法人ブランドマネージャー認定協会公式アンバサダー
〇toB,toC問わず、中小企業を中心にブランディング支援活動中
末吉製茶工房の事例
伝統の自園自製自販
末吉製茶工房は、お茶業界で一般的とされる『分業体制』ではなく、『自園自製自販』で栽培から製造・販売までを一貫して手がける会社です。
本拠点となる鹿児島県曽於市は、県内では比較的気温が低いため、茶樹が時間をかけて成長します。そのため、お茶が香り豊かになるという特徴があります。
また収穫量は落ちるものの、お茶の渋みを減らし、かつ旨みや甘みを引き出すことができる被覆栽培を行っているなど、創業からお茶の品質に強いこだわりをもっています。
将来への危機感
現在、代表を務めるのは、茶園の3代目で元公認会計士の又木 健文(またきたてふみ)氏。
又木氏は、東京の大学を出て公認会計士の資格を取得したのち、大手企業の監査やIPOなどに従事していましたが、もともといつかは家業を継ぐという想いがあり、節目となる30歳になる年に行動に移しました。
又木氏は跡継ぎとしてお茶づくりの仕事を覚える一方で、ペットボトル飲料の需要拡大によるお茶業界の変化や、これまでどおりの地元を中心とした市場戦略では、近い将来に事業継続が困難になるだろうと危機感を感じるようになりました。
市場開拓の準備
そこで決意したのが、『自園自製自販』の強みを活かした新しい市場の開拓。
業界的には、お茶の生産、問屋、小売販売はそれぞれ分かれているのがセオリーとされていました。専門性や高まるためです。
しかし又木氏は、分業だと新しい取り組みがしづらかったり、お客様の声が生産側に届きづらいなどのデメリットもあると考え、その点末吉製茶工房はすべてを自分たちで行っているため、他所にはマネできない強みになると考えました。
そして早速、地元を超えて全国や世界展開を見据え、ホームページやECサイト、SNSを開設。
また、お客様とのコミュニケーションを大事にするため、注文してくださった方へ毎回直筆の手紙を同封したり、専門用語などはできるだけ避けてわかりやすい表現を意識しました。
さらにキッチンカーで県内外を周るなど、積極的に市場を開拓しました。
市場拡大と実績獲得
精力的に活動をつづけた結果、活動前までは考えられないくらい多くの方に末吉製茶工房のお茶をお届けできるように。
その反響は国内にとどまらず、海外の様々なコンテストで最上位クラスの賞を受賞するなど、高い評価を獲得するまでに至りました。
末吉製茶工房は今後も、お茶を通じて創造する「余韻のある暮らし」を届け続けていくとのことです。
(参考文献|PR TIMES 合同会社末吉製茶工房 https://prtimes.jp/story/detail/6Bk6Z6ueAYb)
ブランディング観点で解説
それではこのお話を、ブランディングのステップに沿って解説してみたいと思います。
「末吉製茶工房のブランディングを行うなら」という観点でポイントを考えてみました。
ブランディングは、下図のように目的から目標設定まで上から順に行っていきます。
今回の事例のポイントは、
- ポイント①|目的(アンゾフの成長マトリクス)
- ポイント②|環境分析(クロスSWOT分析)
- ポイント③|ブランド体験(推奨規定/禁止規定)
です。
ブランディングのステップについて知りたい方は、先に下記記事をご覧ください。
ポイント①|目的(アンゾフの成長マトリクス)
アンゾフの成長マトリクスとは、製品と市場について、それぞれ新規or既存の観点で市場戦略を考えるフレームワークのことです。
最序盤で確認しておくことで、のちの工程で発生しがちな混乱を避けることができます。
今回、代表の又木氏は自社商品の品質に自信を持っていた一方で、既存の市場に限界を感じ、新規市場に乗り出すことにしました。
ポイント②|環境分析(クロスSWOT分析)
クロスSWOT分析は、内部環境(強みと弱み)と外部環境(機会と脅威)を縦横に並べて掛け合わせたフレームワークのことです。現状や今後注力していくポイントを整理する際に非常に役立ちます。
お茶業界では、生産や販売は分業が一般的とされるなか、又木氏は
分業で生まれる閉塞的な環境は、弱みとも捉えられるのでは?
と考え、自社の「自園自製自販」を強みとして、市場開拓への様々な施策にチャレンジしました。
ポイント③|ブランド体験(推奨規定/禁止規定)
ブランド体験の推奨規定/禁止規定は、消費者や顧客がブランドと接する各過程で、企業側はどのようなことを進んで行うとよいのか、逆に行ってはならないのかを定めた、コミュニケーションを統一するための規定です。
又木氏は、消費者とのコミュニケーションを下記のように意識していました。
本規定を用意しておくことで、別の担当者が対応することになっても、コミュニケーション面で一定の統一感を保つことが可能になります。
まとめ
家業の仕事を覚えながら新しいことにチャレンジする、並大抵の大変さではなかったのでしょうね。
今回の注目すべき点は、自社商品の品質に自信を持ち、既存製品で市場拡大を目指す市場戦略に注力していたことかと思います。
新しい市場に踏み込む際、本当に自社商品が受け入れられるかというのは不安になりやすく、同時に新商品なども考えたくなりそうなもの。一方、新商品×新規市場は最も難易度が高いと言われており、もし違う市場戦略を選んでいたらうまくいっていなかったかもしれません。
逆に、市場を広げられたいまなら新商品×既存市場となるので、難易度を下げてチャレンジできそうですね。
ブランディングと意識して市場拡大をしたいという方、ぜひ参考にしてみてください。