第5回目のブランディング解説事例は、無線LAN時計「セットレス」です。
ノア精密株式会社が開発した、無線LANとスマホを利用して、簡単&即座に正確な時刻を設定できる時計”セットレス”。
無線LAN(Wi-Fi)は、いまや私たちの日常生活で欠かせないインフラの一つとなっていますが、意外にも国内の時計の仕様として主流ではありませんでした。
セットレスはお客様の「困った」から誕生した時計ということで、今回はこちらを誕生秘話とともにブランディング観点で解説してみたいと思います。
<プロフィール>
RyS ("リス"と読みます)
〇ブランドマネージャー1級資格取得
〇一般財団法人ブランドマネージャー認定協会公式アンバサダー
〇toB,toC問わず、中小企業を中心にブランディング支援活動中
セットレスの誕生秘話
電波時計の課題
電波時計を含む、計器類のものづくりを続けているノア精密株式会社。
電波時計は、標準電波を受信して自動で時刻合わせをしてくれる時計のことですが、ノア精密株式会社はかねてより、一部のお客様から「時刻があわない、ずれる」というお問合せを受けていました。
時刻ズレの原因のほとんどは、商品の故障ではなく、電波受信の失敗によるもの。
日中はお客様窓口を設け、ほかにもお客様自身でも解決できるようブログや説明動画を用意するなど、トラブル解決に努めていました。
しかし、そもそも送信所からの電波を受信できなければ、どうしようもありません。
そこでノア精密株式会社は、電波が届かない場所でも使える時計の開発に着手しました。
無線LAN時計の着想
ある時、とある社内スタッフから、
そういえば、スマートフォンの時刻っていつも正確だよね。
とのつぶやきが。
調べたところ、スマホのように無線LAN接続する時計は国内市場ではまだ珍しく、一方で電波時計では利用しづらかった場所でも使えるという利便性のよさがありました。
ノア精密株式会社は、すぐに開発に着手しました。
無線LAN時計への期待
接続状況のわかりやすさ、設定の容易さ、充電方法など、様々な工夫を凝らしながら開発を実施。
無線LAN方式はあまり普及しておらず、どのような問題が発生するかも予想しづらかったため、社内メンバーをモニターにお困りごとの収集なども行いました。
そして、セットレスは無事商品化へ。プレスリリースやSNSでの発信したところ、
自社ネットワークで利用可能ですか?
電波時計が使えなかった場所にようやく導入できそう!
と、多くの方から商品への期待がうかがえるうれしい反応が。
担当者いわく、今後はセットレスが多くの方々のもとに届き、電波時計の「電波が受信できない」と悩むお客様の解決策へつながることを期待しているとのことです。
(参考文献|PR TIMES ノア精密株式会社 https://prtimes.jp/story/detail/b3Q5k0tDELx)
ブランディング観点で解説
それではこのお話を、ブランディングのステップに沿って解説してみたいと思います。
「セットレスのブランディングを行うなら」という観点でポイントを考えてみました。
ブランディングは、下図のように目的から目標設定まで上から順に行っていきます。
今回の事例のポイントは、
- ポイント①|目的(アンゾフの成長マトリクス)
- ポイント②|環境分析(3C分析)
- ポイント③|ブランド体験
です。
なお、ブランディングのステップについて知りたい方は、先に下記記事をご覧ください。
ポイント①|目的(アンゾフの成長マトリクス)
アンゾフの成長マトリクスとは、製品と市場の観点で市場戦略を考える際に用いられるフレームワークのことです。
ブランディングのステップにおいては、最も序盤で活用します。
今回の事例では、下表の領域①にて、まずはブログや動画などで課題解消を図りました。
しかし、それでは限界があったため、領域②で新しい戦略が練られました。
アンゾフの成長マトリクスは、①→②→③→④の順で難易度が上がると言われています。
ポイント②|環境分析(3C分析)
3C分析は、自社(Company)、競合(Competitor)、市場(Customer)の3つの”C”の切り口で環境整理を行う、市場機会を見つけるためのフレームワークです。
ノア精密株式会社は、お客さまの不満を見つめ、競合(従来の自社)の電波時計ではカバーできない領域に市場機会を見出しました。
市場(ニーズや不満)
- 部屋によっては電波が届かない…
- 試験用時計のため、個体差でズレがあると困る…
自社(強みや弱み)
- ネット環境で使える!
- 個体差がない!
- マイナーな方式
競合(強みや弱み)
- 主流な時刻設定方式!
- 時刻の精度が非常に正確!
- 電波が届かないと使えない…
- 稀に個体差のズレがある…
ポイント③|ブランド体験
ブランド体験とは、消費者や顧客がブランドをどのように『体験』するかを示した、その一連の流れのことを指します。
“マーケティング戦略”と脳内変換していただいても大丈夫です。
今回は『認知』フェーズで、ブランドアイデンティティの重要要素となる「無線LAN」を強調していたのがポイントといえます。
【SNS(instagram)】
新商品紹介の投稿を行い、フォロワーや一般消費者に知って頂く。
【PR】
プレスリリースや開発秘話を発信し、取材を獲得する。
【HP】
電波時計との違いや利用シーンをわかりやすく紹介。ターゲットに自分ゴト化して頂き、イメージ頂きやすくする。
【利用】
お客様にセットレスをご活用頂き、利便性を感じて頂く。
【HP】
設定方法やFAQを用意し、初歩的なお困りごとは問合せ不要で解消できるようにする。
【HP】
お問合せ窓口を用意し、お客様の困ったを解消に導く。
実際にinstagram公式アカウントを見ると「こういうの欲しかった」といったコメントが、多数寄せられていました。
まとめ
いかがでしたか?
商品・サービスや事業開発に絡むお話では、よく
「本当に〇〇のニーズに応えるだけで売れるのだろうか?」
「念のため、他のいろんなニーズにも応えられるようにした方がよいのでは?」
といった意見が出てきます。
人は問題解決をするとき、”引き算”より”足し算”の思考をすることが多いらしいです。
ただ一方で、改めてブランディングの定義である
ブランド・アイデンティティとブランド・イメージを一致させる活動のこと。
(出典元:ブランドマネージャー認定協会 公式HP|https://www.brand-mgr.org/knowledge/word/)
を考えると、ブランドアイデンティティを目立たせるための”引き算”は、多少なりとも必要かと思います。
今回のセットレスのお話は、開発で創意工夫はするものの、それらはブランドアイデンティティに沿った行いで、実際の顧客も想定通りのお声が得られているという素晴らしい事例だと思います。
商品・サービスや事業開発の段階からブランディングを行いたい方、ぜひご参考ください。